
こんにちは!農業大好き人間のサクです!
この記事では小説「幸せの条件 誉田哲也著」を読んだ感想と考察について書いてみました。
「なんとなく農業っていいよね」と思っている人にとっては、農業の良さが言葉として表現されているので、感情を言語化してくれる本です。
どんな話?
【あらすじ】
やりたいわけでもない工場の書類整理の仕事をこなし、日々定時に帰っていた梢恵。
ある日、会社の社長から農業関連のプロジェクトに取り掛かるために、長期出張で営業を任される。
農家はセールスや営業の人たちが訪れてくるのが日常茶飯事なので、梢恵は何度も追い返される。
しかし、縁があってある農家さんのもとで農業見習いとして働き始める。
そこでの生活が梢恵を変えていく。
農業をやったことのある人には共感できる話であるのに加えて、農作業の専門用語も出てくるので農業初心者の僕にとって勉強することがたくさんありました。
読んだ感想と考察
食べるものを、自分たちで作って、生きる。それによって、他の人たちの食を支えて、生きる。常に、大いなる自然の一部として、生きる。季節を感じながら、雨風と闘いながら、生きる。体力的にキツくても、暑くても寒くても、笑って、生きる。
これを言語化した誉田哲也さんを尊敬します。
現代の資本主義では、仕事をして得たお金でサービスを受けることで世の中がより良く循環する仕組みが当たり前になっています。
嫌な仕事で溜まったストレスを、嫌な仕事で得たお金でそのストレスを発散する。(必ずしもそうではありませんが…)
そういうふうな生き方をしている人が少なくともいると思います。それも良い生き方だとは思います。僕にはその生き方を否定するつもりは全くありませんし、その権利もありません。
でも「ああ、生きている!」と両手を大きく広げて、息をするような時があるでしょうか?
楽しく農業をすれば、毎日「ああ、生きている!」という実感があります。
体力的にきついけれど、精神的な辛さは全くなく、最高な日々を送れています。
こういう選択肢もあることをより多くの人に知ってほしいし、まさに引用文のような気持ちに一度は浸ってみてほしいと思いました。
学生時代、幸せについて考え続けていた筆者で、今のところの僕なりの結論があります。
僕の幸せを一言で表すと、
夜眠る前の充足感
ということになりました。
本当にやりたいこと、ではないことをやった日の夜や休日にダラダラと暇を潰すためだけに過ごした日の夜。
「夜ふかしして元を取らなければ…」というふうになってしまい、眠れず夜遅くまで起きていてしまうことがことがあると思います。
これは僕にとっては幸せではないなと感じました。

お金稼ぎだけを目的としたアルバイト後の車の中の虚無感や、嫌な仕事のために明日また起きるためにセットする時の絶望感がある日々を幸せだとは思えません。
眠る前に1日を振り返った時に、「今日をやりきった。目の前にあるすべきことをできた。このまま眠って無に期しても後悔はない」。
そうやって眠りに落ちれたら、満ち足りている証拠であり、幸せであると思っています。
これは、表現の仕方は異なるけれども、本質はこの小説の言いたいことと似通っていると感じました。
最後に
「農業なんて、稼げないし、汚いし、虫いるし、疲れるし…」って思っている人が多いと思います。
でも、やってみたら、マイナス要素を打ち消すくらい充実感があるし、これ以上充実できる仕事はないかもって思えるくらい、最高だ!って感じています。
農業の仕事は言語が通じない外国からきた人でもできるし、始めるのに必須の技術や知識は多くないと思う。悪く言ったら、「誰でもできる仕事」なのかもしれない。
それでも、僕にとっては農業というお仕事は尊くて、今の生きがいにも未来の希望にもなっています。
僕が幸せに生きていくのに必要なお仕事なんだと納得するとともに、農業に可能性を感じました。
大切なのは誰かに必要とされることではないんだ。本当の意味で、自分に必要なのは何か。それを自分で見極めることこそが、本当は大事なんだ。・・・・お前は就職に失敗して、たまたまここにぶら下がってただけで、本気でここで生きていこうとはしていなかった。・・・・お前は、お前自身は必要とする生き方を、見つけてきた。
幸せの条件より引用