【僕のしごと論】農業でできる贈与はこれだ!

サク
サク

農業に人生をかけ、農業で日本の未来をつくるサクです!

お金が目的化しがちな、資本主義社会に疑問を持ち勉強を進めてきました。

そこで辿り着いたのが、この贈与論。

まだまだ学び始めで頭がぐちゃぐちゃしているので、整理していきます。

贈与の概要

贈与とは?

僕らが必要としているにもかかわらずお金で買うことのできないものおよびその移動を「贈与」と呼ぶことにします。

世界は贈与でできているより引用

資本主義社会の中では、交換/取引がほとんどです。

しかし、交換/取引だけでは説明しきれないやりとりがあり、その中に深い意味で他人と繋がれる可能性があります。

どうして、いま贈与が大切なのか?

社会が自動販売機化し、人を介在せずに商品・サービスを受け取れるようになりました。

便利な一方で、その受け取った商品が誰かの仕事の結果であるという事実を感知しにくくなってしまいました。

商品・サービスの向こうにあるはずの人の存在が想像できず、感謝の気持ちが失われつつあります。

コンビニの弁当が美味くないのは、味が悪いからでも、使っている食材の産地のせいでもなく、きっとそれはそこに作り手の存在が感じられないからだ

ゆっくりいそげより引用

人と人との繋がりをつくり、感性豊かな自由な生活をおくるために必要なのが、贈与なのだと思います。

サク
サク

僕の追い求める、豊かで幸せな人生には、贈与はなくてはならない考え方です。

ビジネスに贈与は使えるのか?

資本主義に則った効率化を目指し、大量生産して「不特定多数」に売るビジネスは、個人事業主にとって難しいと思います。

そこで、目指すのは競わないビジネスである、”ブルーオーシャン”。値段を高くして、他とは別種の価値があるものを、その価値がわかる「特定少数」に売る商売。

しかし、それだけでは経営、経済が回らないのが現実です。

そこで、その「特定少数」を「特定多数」につなげる可能性があるのが、贈与論です。

農業で贈与を生み出すことの難しさ

交換/取引しかない農業の行く先

資本主義は効率化を追求し、ここまで社会を発展させてきました。そんな中で大規模農業が発展するのは当たりまえです。

自己利益を最大化させるための”攻めた”「交換/取引」を行ってきたからこそ、社会の生産性を高め、モノの値段が安くなり、便利や革新がもたらされてきました。

しかし、それだけでは「割に合うか合わないか」で判断するようになってしまい、豊かな生き方ではないような気がします。

「交換/取引」だけでは、従業員、客、取引先のすべてが「手段」になってしまいます。

お金を目的にした農業の行く先

天職とは以下の三つを満たすことだと、「世界は贈与でできている」で述べられています。

  1. 自分にできること
  2. 自分がやりたいこと
  3. 自分がやらなければならないと、気づくこと

この三つ目。これは以前に自分が誰かから助けられたという経験があることが前提です。

救われた経験があり、そのありがたさに気がつくからこそ、また他の人のために働きたいという原動力が生まれます。

原動力とは、つまり「社会の一員としての責任を果たす機会を得られるということ」「やりがい」になるのです。

金銭を目的に仕事をしてしまうと、本当の「やりがい」からどんどん遠ざかってしまいます。

感謝されるための農業の行く先

感謝という返答を求めている時点で、それは交換/取引になってしまいます。

見返りがない場合、感謝という見返りを求めて行動する人にとって、意味のない行動(自己犠牲)に感じてしまいます。

おすそわけの利他行為の行く先

農家
農家

じゃあ、知り合いに対するおすそ分けは贈与になるよね?

その答えは、贈与論では「贈与にはなりません」

本来見返りを求めないはずの”贈与”が「お返しをしなければ…」という呪縛つまり「交換」「返礼の義務」に変わってしまいます。

「私はあの人に食べ物を贈ってばかりいる」/「あの人からはもらってばかりだ」という双方の思いが蓄積していくと、自然と「あげる人」「もらう人」の上下関係が生まれてしまいます。

じゃあ、どのようにして農業に贈与を組み込むか?

作った農作物を贈るだけでは、”本当の贈与”は起きない。

サク
サク

交換や取引ではなく、人と人がつながっていく贈与をするためにはどうすればいいのか?

いいものをつくる

購入者から知人への
プレゼント・農作物を
丁寧に作り上げる
プレゼントに込める贈与(喜び、思い出)

純粋な自然な贈与を受け取ると、誰かにシェアしたくなる。〜中略〜美しいものや大切なものをシェアすることが親愛の証だから、僕らはつい、大切な誰かに共有してしまうのです。

世界は贈与でできているより引用

自然の良さを最大限引き立てる

それを見た人にエネルギーを与える
自然の素晴らしさを可視化する贈与(リラックス、元気)

ありのままの荒々しい自然を見るのもいいけれど、整備され環境を整えられた畑や動物を見てもエネルギーをもらえます。

一般の方が自然と触れ合いやすい環境を作るのも、農家の仕事の一つなのかもしれません。

従業員の個性を活かす

「仕事に人を付ける」から
「その人に仕事を付ける」へ
従業員の成長のため贈与(自分探し、生きがい)

いわゆる「仕事ができない人」を監視し、叱りつけ、矯正するのでは、その人の根本的な成長には繋がりません。

安心して自分磨きができる環境を作ってあげることこそが、従業員に対する贈与なのではないでしょうか?

サク
サク

そもそも仕事ができなくて使えない従業員など存在せず、上手く使えてないオーナーがいるだけだと思います。

特別な何かをするわけではなくて、その人を知り、その人が一番本領発揮できる場面にいられるようにする。あとは僕は麺を茹でるだけ。

思いがけず利他より引用

取引先を支援、応援する

自分と取引先のお互いが
ともに成長できる関係に
ビジネス相手を尊重する贈与(友好関係、より良い社会)

農家同士のつながりを大切にする

地域の農家がともに成長できる関係に

ビジネスの仲間を尊重する贈与(友好関係、より良い社会)

「この前手伝ってもらったから、お返しに手伝おう」ではただの交換です。

知恵や道具、人手など困った時に支え合うことができるのが農家の強みではないでしょうか?

手助けできる相手がいることこそ、自分の生きてる証だと思います。

地球の環境を守る

未来の地球のために環境を保全する
未来の子供たちのための贈与(自然豊かな環境)

過去の人々を想う

過去の人たちにありがとうの気持ちを

過去の人たちからの贈与(地球環境、技術、知恵、文化など)

贈られてきたものを受け取っていることに、気が付かなければ、贈与は完成しません。

過去の人たちが今まで、環境を守り、いい畑、田んぼを作り上げ、技術を積み上げてきてくれました。

その人たちを想像し、僕たちは引き継ぎ、未来にバトン・贈与を繋がなければなりません。

最後に

僕は循環農業をするために日々勉強をしています。

循環農業とは自然の中で、食べ物・動物・糞・微生物・有機物・土などが循環する仕組みの中で作物を作り出す農業です。

しかし、その循環農業の”循環“という言葉の中に、人と人をつなぎ巡り巡る贈与の意味も含まれていると感じています。

そんな人との繋がりも循環するような農業をするためにもっともっと勉強して、実践していこうと思います。

人と人の縁を結び、巡り巡る贈与を繋ぐ循環農業をする

参考文献

・思いがけず利他 著 中島岳志

・ゆっくりいそげ〜カフェからはじめる人を手段化しない経済 著 影山知明

・世界は贈与でできている〜資本主義のすきまを埋める倫理学 著 近内悠太